ケーススタディ:血管異常と心臓病

EndoPAT® での評価


メリーランド州ボルチモアのジョンズ・ホプキンス病院の研究者は、ある時、奇妙な現象に気付きました。心臓発作のような症状で緊急治療室に来ていた何人かの女性患者が、実際には心臓発作の症状を持っていなかったのです。代わりに、彼らはストレス心筋症と呼ばれる状態に苦しんでいました。この謎の心臓病は、アピカル・バルーニング症候群(たこつぼ型心筋障害)、または ABS とも言われます。一部の医師は、ABSのことを「ブロークンハート症候群」と呼び始めています。なぜなら、この心臓疾患による苦しみが始まる直前に、この女性達の全てが、極端な悲しみ、衝撃、驚き、または怒りの体験を経験していたからです。しかし、これらの体験は、それ単独で、この「偽の」心臓発作の原因となったのでしょうか?

ブロークンハート症候群の謎

医師たちは、ストレスがどのように心臓疾患に影響を及ぼしているのか、完全には理解していません。しかし、幾つかのポイントはあります。例えば、ストレス・ホルモンが大量に分泌されると、冠動脈に痙攣を引き起こします。血液を心臓に供給する動脈の壁にある血管内皮細胞に影響し、血管の狭小化につながる可能性もあります。また、エピネフリン・ホルモン (アドレナリンとして知られています) は心臓の細胞に直接付着し、細胞内に大量のカルシウムを注入、一時的に機能不全に陥らせてしまいます。

EndoPAT®

ニューイングランド医学ジャーナルに掲載された、ストレス性心筋症で苦しむ19人のABS患者を調査したジョンズ・ホプキンス病院の例では、全ての患者が、病院へと搬送される前の12時間以内に、家族の死、自動車事故、公共の聴衆前でのスピーチにおける恐怖、強い怒りを持った言い合いなど、なんらかの強い感情的ストレスを受けていました。しかも、一人を除き、患者は全て中年から高齢の女性でした。 テストの結果、通常心臓発作の後に見られる閉塞や冠動脈血栓もしくは心臓損傷などは発見されませんでした。しかし、彼らはすべて心臓に問題を持っていました。 左心室、すなわち心臓の主ポンプ室が十分な血液を供給できないでいたのです。いくつかのケースでは、生命を脅かす、心拍リズムの異常と心不全につながる危険がありました。 加えて、19人すべての患者の血中から、通常のアドレナリンの7〜34倍に当たるストレス・ホルモンが検出されました。 なぜ、年配の女性は、こういったストレス性心筋症に陥りがちなのでしょうか。心臓専門医の何人かは、エピネフリン・ホルモンのようなストレス性のホルモンから心臓の細胞を守るためには、エストロゲンの供給が必要だからではないかと疑っています。女性は、年をとるにつれて、エストロゲンの供給量が減少していきます。そのため、大量のストレス・ホルモンが分泌されると、心臓に大きな負担となって現れてしまうのです。

ブロークンハート症候群に向けたEndoPAT®検査

2010 年には、メイヨークリニックの研究チームによって、ブロークンハート症候群の患者には、ストレスに対して通常通りに機能しない血管があることが報告されています。この研究では、ストレス以外にも、エストロゲンの供給量と血管の機能が、ABS発症の理由として疑われています。彼らの研究は、アメリカンカレッジ心臓病ジャーナルに掲載されました。

EndoPAT®

この、アミール・ラーマン博士率いる研究チームによって行われた調査では、精神的ストレスに対する血管の反応を比較するため、過去6ヶ月間にABSと診断された12人の女性と、それに対応するコントロール群として、12人の閉経後の女性、そして典型的な心臓発作の症状を経験した4人の女性達の検査が行われました。 まず、研究開始にあたり、それぞれの女性達の現在の血管の状態を明らかにするため、15分間のEndoPAT®検査が実施されました。この検査は、特別なPAT®センサーを指にはめ、血管圧迫用のカフにより上腕動脈の血流を5分間に渡り抑制します。駆血後、どの程度の早さで血流が通常状態に戻るのかが、EndoPAT® によって自動的にグラフ化されていきます。血管内皮の健康度合いを示すEndoScore®が計算され、心臓を含む臓器の健康に関する重要な情報が与えられます。ラーマン博士は、こう語ります。「血管内皮で起こっていることが分かれば、心臓の冠動脈内でどんなことが進行しているのかを知ることが出来る、と私たちは考えています。」彼女達からは、血液サンプルも採取されました。

ラーマン博士のテスト結果

ABS 患者のストレスの原因には、夫や家族の死、離婚、閉所恐怖症、教会の資金不足への悩みなど、様々な例がありますが、今回はそのような極端な体験を持った患者は採用されませんでした。代わりに、彼女たちの精神的なストレスレベルを上げるため、数字と単語を使った複雑な記憶力テストが実施されました。

テストと EndoPAT® の結果

テストが完了すると、再度 EndoPAT® 検査が行われ、EndoScores® の比較が行われます。ストレスを与えられたABS症状の患者たちは、その他の閉経後の女性や、心臓発作の症状を持つ女性たちに比べると、血管の反応は増加傾向を示し、血管内皮機能は低下する傾向が見られました。「ABSの女性では、精神的ストレスに対抗するために、血管を大きくして血流量を増やす代わりに、逆に血管が小さくなってしまい、血液が必要とされる場所に届かなくなっていたと考えられます。」と、ラーマン博士は語ります。

研究が示すもの

「この研究は、ABSタイプの心臓発作の危険性のあるリスク因子を保有する、精神的ストレスに対してより敏感な女性患者グループが存在することを示しています。精神的ストレスに対する生体の反応が、ABS 症候群を引き起こす直接の引き金になっているのです。」 ラーマン博士と彼のチームは、ABS患者のための治療方法の開発に取り組んでいます。 「ストレステストとEndoPAT®検査を組み合わせて行っていくことで、このストレスに敏感な患者群を発見していくことができるのではと考えています。」と、ラーマン博士は語っています。「もし、ABS起源の心臓発作を持つ、精神ストレスにより敏感な患者が発見されたとしても、私たちはその女性達を救うために、適切かつ特別な治療方法を用意することが可能だと考えています。」 では、ラーマン博士とそのチームが効果的な治療法を確立するまでの間、心臓を健康に保つにはどうすればいいのでしょうか。ブロークンハート症候群に対する危険性を減らすために重要なことの一つは、運動を心がけることです。定期的な運動をしていくことで、ストレスに対抗して生成されるアドレナリンの量を減らすことができるからです。そうすることで、血管はより柔軟になり、トラブルが襲った時の血管の痙攣リスクを抑えることができるのです。